第九章 「クロスゲーム」
鏡というものは、実に不思議である。
鏡は、自分達とは正反対のものを映し出してくる。
いわば、鏡の世界は独自性を切り開いていることになる。
非常に酷似しているが、限りなく違う世界。
言葉で表すなら、そう、「逆」なのであろう。
現在、9時00分。
ここは天領家のイッキの部屋。
イッキは気持ち良く、イビキを立てて
心地よい睡魔に酔いしれている。
すると・・・。
「イッキーッ!
いつまで寝てるの、早く起きなさい!」
イッキの睡魔を退治すべく、
母の騒音がイッキの耳に届く。
目を覚ましたイッキは、
ベットから起きようとするが、
中々起きだせない。
「むにゃむにゃ。
いいや、もう一眠りぃ・・・」
何と情けない少年であろう。
再び、彼はフトンの中で睡眠を開始してしまう。
ここまでは、いつもと同じだった。
そう、ここまでは。
異変はこの時から、起き始めた。
「こらっ、イッキーーッ!
もう午後の9時なのよ、起きなさい!」
バサッ!
「!!??
ご、ご、ご、午後の9時ぃ!?」
イッキはベットから飛び上がる。
そして、近くの時計に目を向ける。
確かにデジタル時計は
「PM 9:00」を示している。
イッキは不思議な感覚に捕えられた。
これは十中八九、母親の勘違いと、
時計の故障と思った。
だが、おかしい。おかしいのだ、
自分はもう、十分に睡眠を取れていたのだから。
「か、母さんっ!
こんな真夜中に変なこと言わないでよ」
「何言ってるのよ、イッキ。
バカなこと言ってないで、
さっさと顔を洗ってきなさい、夕飯にするわよ」
「!?!?!?」
イッキは真底、恐怖した。
自分の母親が急に悪い病気か何かに
懸かったと思ったからだ。
イッキは今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、
寝室で寝ているであろう、父親の部屋に向かうと・・・。
「お父さん、お父さん!!
母さんがボケ・・・・・ア、アレ?」
「本当にどうしたの、イッキ?
今日はお父さん夜早くから仕事だって、
朝遅く言ったじゃない」
あまりの恐怖に、これが「夢」だということすら
考えだせない始末のイッキ。おかしい、おかしい。
まるで「不思議の国のアリス」のようだ。
どうしようもなくイッキは、
不安を隠せない表情でテレビをつける。
逃げたい、逃げたかった。この現実から。そ
の逃亡先を、テレビへと向けた。
ポチッ
「ごんばんわ。今日も夜早くから始まりました
ニュース900。司会は私、遠藤・・・」
「!?、か、か、母さんっ!!
テレビの人までおかしいこと言ってるよ!」
「イッキ!!そんなに母さんをバカにしてると、
夕飯抜きにしますよ!」
「(夕飯じゃなくて、冗談抜きにして欲しい・・・)」
この時イッキ、悟る。
異変は自分の家だけではない、
家から外、町に、いや世界に広がっているのだと。
それも、その「異変」とやらがこの世界の
「普通」らしいのだから、どうしようもない。
イッキは食い入るようにテレビを見つめる。
「えぇー、それでは、早速ニュースに
移ります。明日の午前2時頃、
○○地区の喫茶店に、車が突っ込みました」
「あ・・・・・明日ッ!!!?」
まさに矛盾だらけの世界。
だがここで、イッキはとあることに気付く。
この状況でこの事に気付けたのは、
褒めるしかないであろう。
イッキが恐る恐る見つめる先は、
そう、「時計」である。
チッ、チッ、チッ・・・・
「あ・・・・・あぁああ・・・・・
あぁあああああッ・・・・!!!」
ザーザーッ
「えー、只今、9時00分変わりまして、
8時59分。スポーツニュースをお届けします」
秒針が、左回りに進む。
「時間」が、逆なのだ。
進む時空系列が、まったくの逆さま。あべこべ。
何と、この世界は未来から過去に時を遡って動いているのだ。
イッキはその場に倒れこむ。
だが、そんなイッキに
さらなる衝撃の事実が待ち受ける。
「そ、速報ですっ!!
今日の午後8時45分頃、
おみくじ町商店街で、
甘酒アリカさん11歳が正面から
走ってきた自転車と正面衝突し、
意識を失ったようです!」
「な、何だってっ!!アリカがっ!!」
信じられぬ世界に、また信じたくない事件が。
イッキの親友のアリカが事故にあった。
もうイッキはいっそのこと、死にたくなった。
なぜ自分がこんな世界に来てしまったのか、
なぜ自分がここに存在するのか、分からなかった。
すると、ふと思いつく。
この「世界」の、ある盲点に。
「あれ?・・・ここは、未来から過去へと進む世界。
だから、結果が先に分っちゃうってことだよね・・・・」
〜 解説”とーっても、わかりやすい例” 〜
(本来の世界ver)
パン買いたいイッキ(過程)
↓
パン買ったイッキ(結果)
(逆の世界ver)
パン買ったイッキ(結果) ←イッキ、今ココ
↓
パン買いたいイッキ(過程)
〜 解説終了 〜
「ってことは、今から事故に会ったアリカに会って、
事故に会おうとしている段階を止めれば、助けられる!
それに、本当に時間が逆なのかも確かめられる!」
イッキは全ての真実を確かめるために、外に飛び出す。
外はやはり真夜中。薄暗く、本来ならば人も
まばらなハズなのだが、不思議なことに
スーツをピシッと着こなした大人が何人もいるではないか。
「(じょ、冗談じゃないよぉ!
本当にココは、時間が逆の世界なの!?
もう何が何だか分からないよぉ!)」
あまりの謎に頭がパンク寸前のイッキ。
しかし、今すべきことは明確。
自分の目でこの世界の秩序を把握し、
その中でアリカを救う。
恐怖の夜道を走っていると、
事件が起きたと思われる商店街へと着く。
すると・・・。
「ア・・・アリカぁああーーーっ!!!」
地面に倒れているアリカを発見するイッキ。
遅かった。アリカはすでに自転車と接触をした後だった。
額にタンコブを作り、地面に横たわって
意識を失っているアリカを、
自転車に乗っている人が必死にさする。
イッキは急いでアリカのもとへ駆け寄った。
「ア、アリカぁ!!アリカぁあー!!
そんな、そんなぁ!間に合わなかったなんて・・・!
くそぉ、くそぉ・・・・・・!」
「・・・・・う、うぅ・・・・」
「・・・・ん?
あれ、よく考えてみると・・・」
そうなのだ。
イッキも、そして我々も間違った解釈をしていた。
ここは時間が「逆」の世界。
つまり、イッキは間に合っているのだ。
この世界では、アリカが気絶してから、自転車と衝突する。
つまり、この気絶の過程でアリカを起こし、自転車と
衝突する展開を邪魔すれば良いのだ。
「時間が逆なんだから、自転車と衝突した直後であっても
自転車と衝突する直前ではないんだ!
ここでアリカを起こせば・・・・・・!
アリカ、アリカ、起きて、アリカぁーっ!!」
「・・・・う・・・・うぅう・・・・ぅん?
あ、あれ・・・?」
「ア・・・アリカぁあ!!」
アリカ、目覚める。
本来のこの世界の軸では、アリカが自分で
目覚めると同時に、自転車とぶつかる。
だが、衝突した後の出来事はもう過ぎたことなので、
ぶつかる前の段階、アリカがここに来るまでが新たに
始まるハズである。だが、それをイッキは阻止した。
「良かった、アリカぁ!
ここにいたら、自転車にぶつかっちゃうよ!
早く違う所に行こう!」
「え・・・・?」
「早く!!・・・・・・あっ。
ア、アリカ、たんこぶが・・・・・!」
見ると、さっきまで赤く腫れていたタンコブが
みるみるうちに無くなっていくではないか。
そう、未来、いや過去が変ったのだ。
「(そうか。僕がアリカを起こして助けたことで、
これから起こる自転車にぶつかる過程が無くなる。
だから、アリカは助かったことになる・・・!)」
「く・・・・ん・・・」
「く、くん?どうしたの、アリカ?」
「ど、どうしたの、イッキ君。
そんなに焦って・・・
アリカ、悪いことしちゃった?」
「!!!!!!!!!!!」
イッキ、凍りつく。いつも男勝りで自分のことを
呼び捨てし、ガサツで自分勝手、後先考えずの
カメラ命のアリカが、ここではその正反対。
おしとやかで質素、可憐な少女ではないか。
イッキはもう発狂寸前だった。
「ア、ア、ア、アリカがぁ、
アリカがおかしくなっちゃったぁあーーー!!!
頭大丈夫、アリカぁ!?」
「ひ、酷いよ、イッキ君。
アリカ、バカじゃないもん。
イッキ君の・・・・バカぁ!」
「ふぇええ!!?バ、バカ!?
ア、アリカ、何処に・・・・・!!」
アリカ、涙目になりながらその場から立ち去っていく。
まぁどちらにしろ、自転車と衝突したという
「過程」を阻止することに成功したイッキ。
故に、アリカが自転車と衝突したという
「結果」も変わってくるであろう。
だがイッキは不思議でならなかった。
「(アリカはとりあえず、助かったと思うけど・・・。
何であんなに豹変してたんだ?あのアリカが・・・・)」
すでにこの時点で、イッキは
この世界の時間が逆であるという事実を認めていた。
いや、そうせざるを得なかった。
否定する根拠が無いのだから、信じるしかない。
考えているうちに、イッキは
馴染みのコンビニへと辿り着く。
「あっ、このコンビニ・・・。
ヒカル兄ちゃんがいる!
そうだ、ヒカル兄ちゃんに色々聞けば・・・!」
少年の儚い希望。
イッキはすべての真実、そしてこの世界を
把握するために、コンビニの店員、
ヒカルに答えを求めることに。
だが、コンビニに入ったイッキに
待ち受けていたものとは・・・。
「いやぁ、ヒカル君。
君のおかげでこのコンビニも随分
繁盛しているよ」
「大袈裟ですよ、店長。
僕は当然のことを行ったまでです」
「本当、ヒカル君は優秀だねぇ。
いっそのこと、店長に就任してもらいたいよ」
「ご冗談を。どうせ、やることありますからね」
イッキ、悶絶。
いつもぐうたら、怠け、アホ丸出し、
役立たず、サボリ魔のヒカルが、
見違えるように凛々しくなっているではないか。
そんなヒカルが、入口で
ポカーンっと立っているイッキを見つける。
「イッキ、イッキじゃないか!
今日も宿題を教わりに来たのかい?」
「え、えぇえ!?
ヒカル兄ちゃん、勉強できたの!?」
「失礼だなイッキ。
勉強おしえてるのは いつものことだろ?」
「(こ、このヒカル兄ちゃん、
無駄にカッコ良い・・・・!)」
ヒカルの豹変ぶりに、
イッキは呆然とすることしかできない。
だが、ここであることに気付く。
アリカの女らしい性格。
そしてヒカルの優等生らしい性格。
もう、答えは一つしかなかった。
「そうか・・・
ここは時間じゃなくて、
人の人格までも逆なんだ・・・!」
「どうした、イッキ?
よく考えれば、こんな夜早くから珍しい。
スクリューズの真似でもしたのかい?」
「え?スクリューズ?
またあの3人、何か悪さでも・・・!!」
「おいおい、何を言うんだイッキ。
スクリューズが夜早くから、ゴミ拾いの
ボランティアするのは有名じゃないか」
「うぇええええ!!?
ボ、ボ、ボランティア!?」
この世界は、時間だけでなく、
どうやら人の性格までも逆らしい。
スクリューズのあまりの変わり振りに、
目を点にさせて驚くイッキ。
すると、ヒカルがチラっと時計に目をやる。
「あっ、しまったっ!
今日は法学の教授に論文を
評定してもらう日だった!
悪いな、イッキ。宿題は昨日な!」
「は、はぁ・・・・」
そう言うと、ヒカルはコンビニの横に置いてあった
バイクに乗って、颯爽と去ってしまう。
ぐうたらヒカルが、ここまで来ると笑うしかないだろう。
イッキはまた外に出て、歩き始める。
目的地はハッキリしていた。
「(この世界の時間が逆なのは、もう確かだ。
だけど・・・僕がこの世界の住人じゃないのも確かだ)」
イッキは考えていた。やはりここは「逆」の世界。
それは認めるしかない事実であろう。
だが、それと共にその「逆」の世界に
新鮮味を感じている自分は、
この世界の住人ではないことも悟っていた。
「(こうなったら、その分野に詳しい人に
聞くしかない!僕が知ってる人で言えば・・・)」
イッキ、メダロット研究所へと足を運ぶ。
だが、メダロット博士を訪ねるわけではない。
メダロット博士は言わば「完成」した人。
今さら自分が他の世界から来たと言ったところで、
あの古い脳で信じるとも思えない。
だからこそ、訪問したのは。
「ナエさーーんっ!!
僕、イッキです!
お願いです、僕の話聞いて下さい!」
イッキが向かったのは
メダロット研究所の、ナエの研究室。
やはり信じてもらえるとしたら、
ナエぐらいしかいない。
だが、どうにも返事がない。
仕方なくドアを開けて入るイッキだが・・・。
「あれ?いないのかなぁ・・・。
ナエさぁん、ナエさーん!」
バタンッ!
「うるっさいわねっ!!!
一度言えば聞こえるわよっ!!」
「を;えうbづあwbdこsぼbふぉうb!!?」
イッキ、思考停止。
いや、この事実を受け止めたくなかった。
目の前にいる女性を、ナエだと思いたくなかった。
だが、事実。目の前にいるのは容姿はナエそのもの。
だが中身はまるで違う。まさに反対そのもの。
「ん?あぁー、イッキじゃないの。
どうした?またメダルくすねに来たの?」
「・・・・・・・・・・・・・・。
はっ!!そうだ、このナエさんは
逆なんだ、逆。こんなの、ナエさんじゃない。
ファイト、僕・・・!」
「ちょっと、この坊主!!
こんなのとは言ってくれるじゃない!
じゃぁ何!?
”イッキさん、ごんばんわ。今日はどうしたの?”
って言えば気が済むわけ!?」
「う、うぅうう・・・!!
(やっぱこの人、ナエさんだぁ・・・!)」
「な、何泣いてんのよ。
それより、ちゃっちゃと用件話しな。
アタシ、実験があるんだから」
「その、ナエさん!!
僕、実は・・・・・・・!!」
信じたくはないが、目の前にいるのは
この世界の正真正銘のナエ本人である。
口は悪いがやはり研究員。
イッキは今までのことを語り始める。
そう、自分がこの世界の住人ではないことを・・・。
「・・・・と、言うことなんです。
僕、この世界の人じゃないんですよ」
「・・・・ふぅー。
イッキ、楽しい?」
「ふぇ?楽しい?
・・・・色んな意味で楽しいですけど」
「だから、アタシをからかって
楽しいかって聞いてんのよ!!
そんな話、誰が信じるってのよ!
おとぎ話も良いところじゃない!!」
「ち、ち、違うよ!!
ナエさん、信じて下さい・・・!」
「じゃぁ何、あんたの世界と逆ってんなら、
今の日本の総理大臣は小泉純子ちゃんなワケ!?」
「だ、だからぁ!逆なのは時間と性格だけですってばぁ!」
当然、常識。当たり前である。突然人から
「何で過去から未来へ進むのですか?」
っと聞かれれば、相手にする気すら起きない。
いやその逆で、相手の脳みその心配すらしたいぐらいだ。
すると、ナエは手に持ったレポートを眺めると、
ニヤっと笑う。
「・・・ふぅーん。
アンタの言うことを整理してみると、
結果が先に出るから、過程を変えれば
必然的に結果も変えられる・・・ってことよね?」
「そ、そうなんです!!
やっと分かってくれましたか、ナエさん!」
「ふざけんな。じゃぁ、証明してみな。
アタシのこの実験レポートを見て」
「実験レポート?
・・・・ハハッ、ナエさん。
壊れたガラスを復元する実験なんて、
子どもでも考えませんよ」
「アホぉっ!!内容を言ってるんじゃない!
ほらっ、これ見なさいよ!」
そう言うと、ナエは
ポッケから割れたガラスを取り出す。
それを不思議そうに眺めるイッキ。
そう、これがナエの実験。
「結果的に実験は失敗したわ。
でもアンタが言うように過程を変えられれば、
失敗しないハズよね?」
「え、えぇ、たぶんそうですけど。
・・・あの、ナエさん?」
「何よ」
「何でメダロットと関係ないこと・・・」
「ボケッ!!関係ないことツッコムな!
とにかく、やってみなよ!
未来を・・・いや、過去を変えてみな!!」
ショックを受けながらも、イッキは
「どうすれば実験は失敗せずに済むか」
という方法を考え始めた。
だが、この論点を考えるにはとある事実が
必要であることに気付く。
「・・・ナエさん、これ、
どれくらい後に実験しましたか?」
「今から1分前よ。
それより早く・・・・!」
「(つまり、今ナエさんは失敗した
結果のコップを持ってる。
その失敗、過程を無くすためには・・・)
ナエさん、コップ貸して下さい」
「?、はいよ」
イッキ、脳が冴える。
そう、ここでイッキがコップを持ってしまえば、
ナエの実験は未来で成立しないことになる。
当然だ、ナエが実験に使ったコップは、
結果では存在していても、
過程で存在していないのだから。
故にナエは、失敗することもできない。
だが・・・・。
「・・・・一分経ったわよ、坊や。
何が変わったの?」
「えっ!?いや、その・・・。
(おかしいな、これでナエさんが
実験に失敗したこと、いや実験することを
事態を阻止したハズなのに・・・)」
「まったく、これだから近頃のガキは。
ほらっ、早く帰んな。
帰ってママのおっぱいでも・・・・・・
え・・・・・えぇええええーーーーーっ!!!?」
「!?、ど、どうしたんですか、ナエさん!!」
変化は起きない。そう思った矢先、
ナエが変化に気付く。とあるものを見て。
ナエが視線を向けて驚いているものとは・・・。
「こ、これ・・・・。
実験レポートの文字が、消えていってる・・・!!」
「あ、あぁあ・・・・本当だ・・・・!!
や、やっぱり、ナエさん!!
これって・・・・・!」
「・・・じょ、冗談でしょ・・・」
結果が消えたのである。
過程を消したことにより、
実験が失敗したという結果も消える。
故にその事実を記録していたものも、消去される。
実験レポートの文字が消えていくのを眺め、
ナエ、ついに信じる。
とりあえず、物事を順番に整理していくことに。
「・・・つまり、アンタの世界との違いは
時間の流れ、そして人の性格。
歴史的な出来事や、人の人生には特に
変化はないってことね?」
「う、うん。たぶん、そうだと思う」
「それにしても、過程が後の世界ねぇ・・・。
それじゃぁ、怖いじゃない。
結果が先に分らないなんて」
「それが普通なんですよ、ナエさん。
それよりも、僕ずっと疑問だったんですけど、
何でナエさんは過程を変えないんですか?」
「え?」
「ナエさんだって、これが結果、これが過程って、
頭で分かってるじゃないですか。
なのに何で過程を変えようとしないんですか?」
「うーん・・・。
恐らく、私達は気づけないのよ。
この世界の時の流れに合わせているから、
意識してなくても、自然に過程に合わせちゃうのよ」
「大変ですね、ナエさん」
「アンタの世界だって同じもんでしょ」
とりあえずナエの説得に成功したイッキは、
この世界の背景、そして自分の世界の
背景ついて大人の意見を聞けた。
自分の考えを理解してくれる者が
いることは、励みになる。
「あっ、じゃぁさ!!
・・・・ねぇ、イッキくぅ〜ん」
「うぇえええ!!?
い、い、いきなりどうしたんですか、ナエさん!?」
「私ねぇ、この前ブランド物の
コート買って失敗しちゃったんだぁ〜。
ねぇ、イッキくぅん。
この結果、やり直してくれない?
お・ね・が・い♪」
「(い、いかん。
大人のフェロモンがぁ・・・・)」
過程をやり直せるということで、
自分の都合の良いように過去を改造しようとするナエ。
その大人の魅惑に負けそうになるイッキだが、
事態は一変することとなる。
ドカァアアアアアアアアンッ!!
「うわぁあああああーーーー!!
ナ、ナエさん、何、この爆発音っ!!」
「知らないわよ!!
ここでじっとしてて、アタシが見てくるから!!」
突如として、鼓膜を破らんばかりの
爆発音が研究所内に響き渡る。
その真相を探るべく外に出ていくナエ。
その数分後、ナエは
安堵の表情を浮かべて部屋に戻ってくる。
「ナ、ナエさん!!
どうだったんですか!?」
「安心しな。他の部の連中が失敗しただけよ。
重傷みたいだけど、死人は出てないみたい」
「よ、良かったぁ〜。
僕、あんな爆発音したから・・・・・・。
え?・・・・・そ、そんなっ!!!!」
「どうしたのよ。
そんなに誰かが死んで欲しかったの?」
「ち、違います!!
ナエさん・・・・これ、見て下さい・・・!」
「は?さっきの実験レポートじゃない。
これがどうし・・・・・・・。
な・・・・・・何これっ!!?」
二人は、顔を合せて驚愕した。
そう、それは過程を変えて、
結果を無くした白紙の実験レポート。
だが、何と文字が浮き出てくるではないか。
それも、コップの実験とはまったく別の実験の。
「ナ、ナエさん、これって・・・!!」
「・・・・パラドックスだわ・・・!!」
「へ?パラパラ?」
「違うっ!!タイムパラドックスよ!!
良い!?さっき、アタシ達が
コップの実験を失敗したこと、変えちゃったわよね!?」
「は、はい」
「未来がそれを無理やり調節してきたのよ!!
だから、私が失敗するハズの実験を
別の誰かに請け負わせたの!!」
「え、えぇええええーーーーーーーっ!!!」
やはり起きてしまった、「タイムパラドックス」。
未来を、いや過去を変えたことにより、
世界の時空列は著しく混乱した。
その解決策が、強行手段。
その結果を、誰かに負わせるのだ。
「ッチ!!
そうだった、最初からこのことを
心配するべきだったわ・・・!!」
「ナエさんがコートとか言いだすからぁ・・・」
「そ、そ、それは後のことでしょ!!
それよりも・・・イッキ!!
一つ、聞くわよ」
「は、はい!!」
「・・・アンタ、今以外に
誰かの何かの過程を変えてないわよね?」
「そ、それは・・・・・」
・・・・・・イッキ君・・・・・・・
「あ・・・・・・・・・あぁ・・
あぁああああああああーーーーーーっ!!!!!」
イッキ、その場で大声で絶叫。変えてしまった。
そう、イッキはすでに
一人の結果を変えてしまっていた。
アリカ、アリカだ。
アリカの結果を変えてしまっていたのだ。
「ど、ど、どうしようナエさん!!
僕、僕、どうしよう!!
どんでもないことしちゃった・・・!!」
「落ち着きなさいっ!!
・・・変えちゃったのね?
分かった、誰の、どういう結果を変えたの?
正確にアタシに話してみて」
「う、うん。僕、今日の夜アリカが
自転車にぶつかって意識を失うってニュースを
見たから、それを阻止しちゃって・・・・」
「・・・・・まずいことになったわね」
ナエは深刻そうな表情をして、その場で考え込む。
だが、端から見るとあまりにもナエは
考え過ぎのようだった。
確かに不味いことではあるが、
そこまで深刻になることでもない。
「でも・・・」
「言わないで。
私が先に答えてあげる。
良い?私達が結果を変えたのは、
あくまで”もの”なのよ」
「えっ・・・」
「それも、すでに壊れた状態のね。
それが生きてる人間だったら・・・・・」
「ど、どうなるの、ナエさん!!」
「・・・未来がその混沌を治すために、
アリカちゃんの存在を抹消する可能性もあるわ」
「え、えぇええ!?
・・・・ま・・・抹消って・・・・・!」
「・・・・アリカちゃんが、死ぬわ」
「ッ!!!!!」
そうなのだ。
これがパラドックスの恐いところなのだ。
時空的に、運命的に適合されないと認識されたものは、
この世から消えてしまう。それをナエは自覚していた。
イッキはそれを聞いて黙り込んでしまう。
「そ、そんなぁ・・・・・。
僕の・・・・僕のせいだ・・・・・!
僕のせいで、アリカがぁ・・・・!」
「・・・・・・・いえ・・・
あきらめるのは まだ早いわ!!」
「で、でも!!もう何やっても無駄だよ!
僕は過程を変えちゃったんだ!」
「冷静になりなさい!!
考えて!アナタはこことは時間が逆の世界から
来たからこそ、この世界の結果を変えられるのよ!」
「そ、それが・・・・!」
「貴方は異端、異端児なの!この世界にとっては!
だからこそ、貴方自身が運命を調節するのよ!」
「え、えぇえ・・・・!?」
ナエの言うことは的を得ていた。
本来、運命が調節しようとすることなど、
我々人間がどうにかできるものではない。
だが、違う。
この世界とは別の生き物、イッキだけは違った。
彼ならば何とかできるかもしれない、そうナエは思った。
二人は研究所を出て、アリカを探す。
「ね、ねぇ、ナエさん!!
僕よく分んないよぉ、一体どうすれば良いか!」
「とにかく!!今私達が新たに過程を作って、
すでに未来で起きた結果に軸を合わせるの!」
「軸・・・?
じゃぁ、アリカが事故を受けた後と
同じ風にすれば良いってこと!?」
「そういうことっ!!
ほらっ、急ぐわよイッキ!」
「う、うんっ!!」
アリカの未来を元に戻すため、
二人は夕日が昇る世界を走る。
もしかしたら、もうアリカは
この世界から抹消されているかもしれない。
だが、あきらめない。
二人は一生懸命走った。
そしてついに・・・。
「あっ!!!
ナエさん、いた、いたよっ!」
「本当っ!?
あっ、あの子ね・・・!
まだ未来の軸合わせは起きてないみたい。
良い!?イッキ!
とにかく結果を元に戻すのよ!」
「う、うん!!・・・・・・・・・。
・・・・・・・で、でも・・・・・・・」
「?」
「・・・・・・でも、僕・・・・・
僕・・・・・・やっぱり、できないよっ!!」
「えぇえ!?」
アリカをついに見つけ出した二人。
どうやらまだアリカ自身に変化は見られないようだ。
だが、この土壇場に来て、
イッキは自ら軸を合せるのを拒むではないか。
「な、何言ってるのよ!!
それじゃぁ、アリカちゃんが・・・!」
「分ってる、分かってるけど・・・・!
僕はアリカに暴力するなんてこと、
できないよっ!!」
「えっ?・・・・・・・。
でも、私がやっても無意味なの!!
とにかく、彼女を気絶させなきゃ!
アリカちゃんの命が懸かってるのよ!?」
「でも、でも、でもっ・・・・・・!!
ナエさん、お願いっ!!
他に良い方法は見つからない!?
お願いだよ、ナエさん!」
「・・・・・・・・・・・・・・。
ごめんね。私じゃ、分からない・・・・。
でも、とにかく行って。
彼女の運命は、アナタの手の平。
彼女を生かすも殺すも、
アナタ次第なの・・・・・!」
「・・・ぼ、僕次第・・・・・」
「アリカちゃんを・・・・
アリカちゃんを救ってきなさい、
イッキ・・・!」
「・・・・・・・う・・・・うん」
イッキはナエに叱咤され、しぶしぶ
アリカのもとへと向かう。どうする?
それだけがイッキの脳裏に連呼する。
アリカが気絶するような衝撃を
どうやって作りだすか。
イッキはどうすれば良いか分からなかった。
「ア・・・・・アリカぁ・・・・・」
「?あっ、イッキ君・・・。
ご、ごめんなさい。
さっきは、バカなんて
酷いこと言っちゃって・・・」
「・・・・う、うぅ・・・・・。
(いくら性格が違くても・・・・
いくら中身が違くても・・・・・・・
アリカは・・・・・アリカはアリカだっ!!)」
「イッキ君・・・?」
「う、うぅう・・・・・うぅ・・・・。
(僕には・・・僕にはアリカを攻撃できない!!
一番大切な人を攻撃するなんて、できないよっ!!)」
躊躇してしまうイッキ。
目の前にいるのは別世界のアリカ。
だが、アリカなのだ。
昔から共に成長してきたアリカ、
イッキはそんなアリカに
手を上げることなどできなかった。
ナエはその様子を、じれったく見る。
「(何してんのよ、イッキ・・・!!
早くしないと未来が軸合わせに来るわっ!
早く、早くしないと・・・・!!)」
ザッ・・・
「・・・・アリカぁ・・・・・
アリカぁあ・・・・・
ごめん、ごめん、僕・・・・」
「?、どうしたの、イッキ君?
涙出てる。どこかケガでもしたの?」
「・・・・・・・う、うぅう・・・・
だめだ・・・・・で、できない・・・・・」
バサッ
「イッキーーーーー!!!
もう時間がないわ!!
早く、早く彼女を気絶させなさいっ!!」
ナエが大声を上げる。
だが、アリカを気絶させることが
できないのだから仕方がない。
アリカを攻撃せずに気絶させるなんて
魔法のようなことを、できるハズも・・・・。
「あっ・・・・・」
「?、イッキ君?
どうしたの・・・?」
「・・・・・・・・・君が気絶するか僕は分からない」
「え?」
「・・・・・・でも、これで気絶してくれると思う。
たぶん・・・・・・・僕も、気絶しちゃうや。
アリカにやられたら・・・・・」
「イッキ君?」
「・・・・・・・ん・・・・・
アリカ?」
「何?」
「・・・・・・・・・す・・・・・・・・だよ・・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・
「イッキーッ!
いつまで寝てるの、早く起きなさい!」
イッキの睡魔を退治すべく、
アリカの騒音がイッキの耳に届く。
目を覚ましたイッキは、
眠気から覚めようとするが、
中々起きだせない。
「むにゃむにゃ。
いいや、もう一眠りぃ・・・」
何と情けない少年であろう。
再び、彼は机の上で睡眠を開始してしまう。
ここまでは、いつもと同じだった。
そう、ここまでは。
異変はこの時から、起き始めた。
「こらっ、イッキーーッ!
もう午後の6時なのよ、起きなさい!」
バサッ!
「!!??
ご、ご、ご、午後の6時ぃ!?」
気がつくと、ここはギンジョウ小学校。
外を見れば夕暮れ。
近くを見ればアリカが
鬼の形相でイッキを見つめる。
イッキは すぐさま時計を見た。
「こ、ここはっ!!
時計の秒針は・・・・・・!」
チッ、チッ、チッ・・・・
「あ、あぁああ・・・・・・!
右回りだ・・・・!」
「どうしたのよ、イッキ!
早く取材に行くわよ!」
「・・・・・・・よ、良かったぁ。
夢だったのか」
「・・・・・・・・・・・・
夢だったら、気絶しちゃう?」
「え?」
アリカはイッキに微笑みかけると、
イッキの手を引っ張って、取材へと向かう。
果たして、イッキが見たものは夢だったのだろうか。
そしてまた、この世界も・・・・。